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東日本大震災当日

あれから一ヶ月以上が過ぎてしまったが、突如として非日常を強いられ私自身
混乱していたのでまずは振り返ってみよう。

2011年3月11日14時46分。那須塩原市内の某店舗内に居て罹災した。
最初はああ地震かな?と思った程度だったが、徐々に猛烈な横揺れとなった。
外に出ると駐車車両がひっくり返りそうなほど揺れている、最初の印象は何か
の冗談かと・・・那須岳が噴火したのかとも思った。少しおさまった所で車中
のテレビで確認すると何と宮城沖が震源地だという。それを知った時、直感で
「とんでもないことになった」事を悟る。そして那須地方は震度6強という事
だった。

ガソリンが心細かったのですぐにスタンドに向かったが、既にロープを張られ
ていて緊急閉店。三軒目でようやく給油出来て家に向かう。栃木の古い一戸建
ての敷地の塀には大谷石が使われている所が多く、あちこちで崩壊して細い道
を塞いでいる。途中、家具職人のMさん宅を通りかかったら、ちょうど庭に出
ていて話が出来た。ご家族は無事だが工房などメチャクチャになったらしい。
話もそこそこに帰路を急ぐ。

家自体はしっかり原型をとどめていたのでホッとしたが、いきなり玄関ドアが
開かない!中の下駄箱が動いてバリケードになっている。力ずくでこじ開けて
中に入ると・・・想像以上にヒドイ!棚という棚からモノは落ちて散乱しガラ
ス類はほとんど割れている。自分のデスクの上のモノも全部落ちてMacも床に
うつ伏せだ。知る人ぞ知るこの家は半分自分で作ったハーフビルドなので友人
たちは心配してくれて(二三日は電話も繋がらなかった)大丈夫かと連絡をもら
った。気にかけて貰える私は本当に幸せ者だ。しかし基礎や構造を本職さんに
任せて地盤の保険にも入っていたのでホント助かった。これもし自力でやって
たとしたら(出来る筈無いんだけど)潰れていたに違いない。家にはまともなテ
レビが無いので小さいワンセグを抱えっぱなしでその日は過ごした。強烈な余
震は続くし眠れたものじゃなかったな。

ギターが何故こんな向きで倒れたのか?Macも落ちて半回転している。