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プロ用の弦

すっかり忘れてたのだが、友だちと話してて思い出したので記しておこう。


年末、都内の楽器店街をうろついてた時のこと。つれあいが何か楽器を始めてみたい…と言っていたのを思い出して弦楽器の店に入ってみたのです。店頭に客寄せの為か、オモチャみたいなバイオリンがあり、これで良いかと思ったけど一応店長と思しき人に聞いてみることにした。

「あのー、娘へのクリスマスプレゼントなんですが、手頃な初心者用のバイオリンありますか?」

娘はいないけど、妻のためにと言うのが恥ずかしくて嘘をついた。

すると、

「お客様、娘さまはどなたか先生につかれてますか?」

「いや、別に…」

「そうですか。では、お客様ご自身は何か楽器はなさいますか?」

「ギターを少々…」

「ああ、お客様。バイオリンはギターのように独学で始める事は出来ません。安い楽器を親から与えられ、しかも独学でやれとは娘さま可哀想だとは思いませんか?」

(えええー、オレ説教されてる…)

「で、ではまあ先生についたとして、どのあたりのバイオリンがおオススメですか?」

「こちらへどうぞ」

「……」

目ん玉が飛び出るような値段じゃないか!

「…ちょっとこれは予算的に厳しいです」

「ではお客様、まず先生探しからなさってください」

「いや、あの…店頭のオモチャみたいなのでいいのですが…」

「あれはただのオモチャです。おとうさまご自身がお遊びになるなら良いですが、娘さま…あ、おいくつですか?」

「あ、中学生です」

「では尚更あんなのではダメです。そんなに軽くお考えになる親御さんがいらっしゃるから、音楽がダメになっていくのです」

(頭の中にアナーキーインザUKが流れ出し、大声で叫びたい衝動に駆られるが、ここで騒いだらキチ○イとして警察沙汰になってしまう…自分の手をつねって耐え忍ぶ)

二度と来ないが、深々と礼をして、

「お手数をおかけしました。考え直してまた参ります」

と、店を出た。

すると直ぐ近くに今度は管楽器の専門店がある。

そう言えばあいつ"English man in New York"のイントロを演奏してみたい、と言ってたなあ…と思いだす。あれは確かソプラノサックスの筈。

「こんにちは、娘へのクリスマスプレゼントにソプラノサックスを考えてるのですが、見せてもらえますか」

「あー、お客さま、娘さまはアルトかテナーの経験はございますか?」

(は?ここもかよ)

「いいえ、ありません」

「でしたらまず、アルトかテナーが先ですね」

(今度は頭の中にロンドンコーリングのイントロが流れだし、ちょっと強気を取り戻す)

「オレは客なんだ、商品を見せてもらえないか?と言ってるだけじゃないか」

…と、静かに言う。

店員は顔色が変わり、

「こちらへどうぞ」

(な、70万!いや、怯んだら負けだ)

「結構安いもんですね」

…と、落ち着いて言う。

そこから、店員は専門用語のオンパレード!鹿児島弁並みにワケがわからん。

「まあまあ良さそうですが、去年のプレゼントより安価では娘も気に入らないかもしれないなあ…」

と、大嘘をついて店を出た。

コートのポケットの中の手は中指が天を向いたままフラついてギター専門店に入る。もうプレゼント云々は後にして、自分の気を静めるべく目についたギターを試奏させてもらい、少し落ち着いた。あ、ついでだから弦を買っていこう。

「すみませーん、最近評判の良い弦はありますか?」

若い店員がニヤニヤしながらやって来て、

「プロはこの辺使いますけど、お客さんロック好きっすか?ならこれが良いんじゃないっすか」

「そうですか、でもそのプロが使うってヤツ、一度張ってみたいなあ、ひとつください」

店員はまたニヤッとして『プロ用の弦』を棚から取った。

帰ろ帰ろ、ペコちゃんのホッペ買って帰ろ。

ビルの谷間に強く冷たい風が吹いていた師走吉日の出来事。