感性の鎖国

感性の鎖国

正直に書きます。日曜日のイベント後から釈然としないものを感じているのです。打ち上げでも話題にしたのですが、道の駅にいた大勢の一般の人々の総数からしてステージを観に来てくれた人の割合は期待をかなり下回りました。

もちろん、出演者は最高だったし、遠方から駆けつけてくれたファンや友人の方々は楽しんで頂けたと信じているのですが…。一般の人の「ハナからライブ音楽を聴こうとしない姿勢」に正直ショックを受けています。

知らない音楽だから?いや、どこに出しても恥ずかしくないクオリティの名曲カヴァーを続々と演奏したアーティストもいます。

道の駅という性質上、寄る目的は大抵トイレ休憩か、食事、お土産の買い物だから…?
いや、自分がその立場で偶然素晴らしい音楽に出会ったなら予定を変更してでも立ち止まる。

おそらく、先日の状況では超メジャーアーティストが覆面で最高の演奏をしたとしても似たような結果になったはずです。とにかく、大半は近寄りもしないのです。

昔なら(とは言いたくないのですが)きっとリハの「チェック、ワンツー」の時点で子供達が走ってきてステージ前のかぶりつきを占拠した事でしょう。

音楽を、ライブをナメられていると感じてしまったのです。メディアからのクダラナイ音楽の垂れ流しの挙句に「感性の鎖国」をしてしまっているのでは無いか?音楽以外の事でも随所で感じませんか?人の流れに沿ってばかりで反骨精神が見当たらない。「いまこれが主流ですよ」と言われれば疑いもせずそっちに流れる。

そんな時代に音楽で生きるのは至難の技かも知れないけど、俺はやっぱり夢を見るのです。俺たちの音楽を「素晴らしい!」とお金を出して観に来てくれる人々と、フリーなのに耳を傾けようともしない人々の何が違うと云うのか?

大きな課題が出来たことで、ショックはあるけれど「何とかしてやるぜ」とまた燃えてきた事も確か。69年の頃ならそれもイカしたセリフだった…と自分に言われないように、21世紀のやり方を模索する。
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